「ワークショップ」とは。本来の言葉の意味を知って中身を考える。

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最近、イベントなどの案内や行政などが行う講座の中でこのワークショップという言葉を目にしたり耳にする機会が増えました。何度かこのワークショップに参加して疑問に感じたことやもっとこうするといいのではないかと思ったことを書いていこうと思います。

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ワークショップという言葉の意味から考える

市民活動団体といえば複数の団体の代表が集まって開く会合があります。それはたいてい意見交換会と一昔前は言われていましたが、最近になってワークショップという言い方に変わってきているせいか、何を作るのかという問い合わせがあるという話を聞きました。

というのも、これは地域性にもよるかもしれないのですが、ワークショップというものの認識が意見交換というものではなく、イベントなどに出店するブースが行う体験講座、これをワークショップという言葉で表現しているため、何かを作る過程を体験するものとして認識されているからではないかと思われます。

確かに、ワークショップという言葉を調べてみると

日本では「体験型講座」を指す用語
引用元 ワークショップ ウィキペディア

と書かれています。

が、同じページに書かれている概要を読んでみると

ワークショップは、学びや創造、問題解決やトレーニングの手法である。参加者が自発的に作業や発言をおこなえる環境が整った場において、ファシリテーターと呼ばれる司会進行役を中心に、参加者全員が体験するものとして運営される形態がポピュラーとなっている。

とも書かれています。実はわたしがワークショップとはどういうものかというのを学んだときはこの後者のほうでした。なので、行政や団体などが呼び掛けるときに用いるワークショップの意味合いは理解できるけれど、イベントブースで行う体験に用いるワークショップには違和感を感じてしまうのかもしれません。

ワークショップの行われ方から考えてみる

ふたつめの引用文にも書いてあるとおり、わたしが参加するワークショップというのはこんな感じです。

たとえば子育て環境について考えるというような意見交換の場に呼ばれる人というのは保育関係者がほとんどだと思います。が、この場に保育される側である親はもちろん、祖父母であったり企業関係であったりまちづくりを目的とする団体であったり、直接的、専門的知識を持つ人たちが集まり話をするのではなく、間接的、専門的知識を持たない人もその場に集まり、それぞれの立ち位置で「子育て」について意見を出し合う。これがわたしの考えるワークショップの行われ方です。

ただ、この立ち位置が全く違う、専門的知識があるなし、興味関心の深度が違う、また直接関係しているか間接的な関係であるかという人たちが集まるということは、突拍子もない意見であったり我であったり、それこそお互いの中に「子育てに関係があるか否か」という一種のボーダーのようなものが存在するのです。

その中で、思い思いの言葉を発する場としてではなく、主張を繰り広げる場としてではなく、会を成立させるためには、ある役割を持つ人が必要になってきます。

ワークショップを言いたいことを言える場から合意形成の場に成長させていくには

さまざまな意見、価値観、主張、主観、それぞれの立場で繰り広げられるやり取り。ただお互いの立場で言い合っているだけ、これはワークショップというものではありません。

ある課題を設定し、その課題を解決するための話し合いの場であるワークショップを仕切る人が必要になります。仕切るというと話し合いの場=会議=議長と思われがちですが、議長というのはわたしが持つイメージだと結論を確定させる役割です。

でも、ワークショップの場では結論を確定させるのは参加者全員なのです。そう、合意です。その合意を促す役目、話の流れを脱線しないように舵を取る役割であり、参加した人が発言しやすい空間を作り上げる役割を担う人が必要になるのです。

その手法をファシリテーションと呼ぶのですが、これを行う人のことをファシリテーターと呼んでいます。

日本ファシリテーション協会のホームページを見てみると、

ファシリテーション(facilitation)とは、人々の活動が容易にできるよう支援し、うまくことが運ぶよう舵取りすること。

と書かれています。議長と同じようにその会を進行していくというものではあるのですが、会に参加する人たちの立ち位置の違いを理解し、異なる価値観や感情を持つ人たちの発言を整理し、合意形成に向けて舵を取る、それがファシリテーションと呼ばれる手法です。

まちづくりの場、市民活動団体の場では必須のスキルであるにも関わらず、それを持つ人材は少なく、またこのファシリテーションという手法の認知度も低く、有用性も理解されにくいのが現状です。

参加するワークショップの中には「ファシリテーター」として人が置かれていることがありますが、どちらかというと会の進行を主な役割としている、もしかしたら会の進行自体がファシリテーターの役割だと認知している人さえいます。

ファシリテーターのスキルによって会の深みが変わる

以前に参加したワークショップのファシリテーターの人がすごかったなと今でも思い出すことがあります。

このワークショップは確かNPO法人向けだったと記憶していますが、NPO法人といってもその活動目的は様々。ワークショップの開催方法について学ぶワークショップだったのですが、活動目的は違うわワークショップとは何ぞや?という人もいるわ、スキルや経験、知識もバラバラでほぼ初対面というワークショップでした。

後で気が付いたのですが、2時間ほどのワークショップ、その過程がファシリテーターによってしっかりと組み上げられていました。それにまんまと乗せられ、学んでいる感覚がないまま、でもワークショップとは何ぞやというところは実際に体感できていて。言葉では表現することは難しいものですが、あらゆる立場の人たちが課題を共有し、お互いの立場から主張ではなく意見として言葉を発することができる言葉かけであったり進行方法であったりは理解できたし、にわか仕込みではありましたが、自分ならどうファシリテーションするのかということまで考えることができました。それに対してのフィードバックもありました。

参加するまでは2時間で勉強できるのか?と疑問を持っていましたが、終わったころにはもう1回やってみたい!と思えるようにもなっていました。

日本ファシリテーション協会のホームページを見ると資格試験のようなものがありますから、それを専門的に学んだ人しかできないような感じがしていたのですが、普段の会議であったり、意見出しの集まりであったりの場で活かせるものを学ぶことができた、とても有意義な時間でした。

とても楽しい時間で、あっという間に終わってしまって。もっとやりたいと思える内容でした。その後、ファシリテーターの方と名刺交換をさせていただき、フィードバックのやり取りを何度かさせていただきながら、合意形成というものの難しさも分かりつつ、でも合意できたときの組織の動きは、それを学ぶまでとは雲泥の違いがありました。

「楽しかった」というだけで終わらなかった。終わらないのがワークショップの醍醐味なのではないかと思えるようにもなりました。

「楽しかった」で終わらせないワークショップの在り方について考えてみる

上の例は、合意形成が必要な場でのことだったので、今度はイベントブースで行われるワークショップについて少し考えてみたいと思います。

ワークショップを直訳すると作業とか作業場というものであるし、前述のウィキペディアにも書かれている通り、日本ではこの体験型講座のことをワークショップと呼ぶことが多いようです。

ハンドメイドのブースを出す人から「ワークショップは準備が大変だからやりたくない」という話を聞いたことがあります。なにが大変なのだろう…と聞いてみるとある程度の工程をこちらでやっておかないとたくさんの人が体験できないから。たくさんの人に体験してもらおうと思うとそれだけの人員を揃えることになるから人集めが大変だと言われました。

イベントで体験型講座をやる場合、自分たち以外のブースもあるから人が行き交うので体験してもらいやすいです。集客にはもしかしたら困らないのかもしれないですね。

だけど、人が来過ぎるというか、体験してみたいと思う人なら誰でも参加できるということになるから、そうか、確かに一からの体験は難しいかもしれない。大勢の人が体験したいと訪れるとそれだけ対応できる人も増やさなくちゃいけない。

人が来るからご飯を食べる時間もない、トイレに行く時間さえないという話。確かにそうなるかもしれないなぁ~と思いました。が、これも体験型講座のやり方というのでしょうか、それを変えれば解決できそうな気がしたのです。

そもそもなぜイベントブースでものづくりを体験してもらおうと思ったのか。そこを聞いてみることにしました。その人が言うには自分たちがやっているものの存在を知ってほしいという意図があったそうです。知ってほしいだけならそれを並べているだけで「知ってはもらえる」のではないかと思ったのです。

でも、並べているだけでは知ってもらえないという。知ってもらうという言葉の捉え方が自分とその人とは違うのだと分かりました。

体験してもらえば楽しさが伝わるというのです。ここで疑問がわいてきました。体験するのはそのものを作り上げる過程のほんの一コマです。ほぼ出来上がっているものにちょっと手を加えるだけです。

体験型講座に参加した人の目線で考えてみると、醍醐味を味わっているかというと決してそうではなくて、隣の人とまったく同じキットがあって、それに言われるまま手を加えただけで完成する。確かに自分の手で仕上げたものには嬉しさや楽しさがあると思います。が、その前の過程は知らないのです。

いろいろ面倒なことや手間をかけて初めて、頑張ったぞ!出来上がったぞ!というのがあるのではないかと。この環境の中でそれは難しい。時間も足りない。

だったら、もっと数や時間を制限してもう少し手間を体感してもらって、与えられたものをそのままというのではなく、選択し作り上げる過程を楽しんでもらったほうが、出店者の意図に近づけるのではないかと思いました。

ところがそれはできないといわれました。いつ誰が来ても体験できるようにしないと、と。そう思っているなら今のやり方しか方法がない。食事やトイレに行けなくても仕方がないのではないかと冷たいようですがそう思いました。

楽しんでもらいたいというのが目的ならいいのですが、知ってもらいたいというのが目的であるならもう少し違ったアプローチを考えるほうがいいのではないかと思うのですが。

もし自分がそのブースを担当するならどんな目的を持つだろうか…と考えてみました。自分が作ったものを買ってもらいたいと思うかもしれない。もし教室を開いているなら受講生を増やしたいと思うかもしれない。楽しさを伝えたいという思う気持ちはあるかもしれないけれどそれが最終目的にはならないと思いました。

たまにスマホやタブレットの体験ブースを頼まれることがありますが、そこでは「ショップやお店などでは気軽に触れることができない人にスマホやタブレットに触れてもらいたい」が目的です。分からないことがあったら聞いてもらえるような空間を作るのが目的です。

だからよほどのことがないと寄ってきません(笑)でも、来てくれた人には「ちょっと怖くなくなったわ」「便利なものだということはわかった」と言ってもらっています。

で、ちゃっかり市場調査もどきまでやってます。どういったものがあれば購入意欲が今より増すのか、こんな直接的な聞き方はしませんが、ニーズを把握することはできます。実はこれがわたしの裏目的でもあったりするのです。

こういったニーズを捉えて講習会を開くと申し込みが意外と増えます。聞き取った言葉を使ってキャッチコピーを作るからでしょうか。あとは顔が知られているので安心して受講してもらえるというのも強みかもしれません。

提供できるものが違うので比較にはなりませんが、目的に合うやり方というのがきっとあると思うし、もうひとつは楽しんでもらいたいという思いは大切ですが、楽しいと思うのは相手に委ねるしかないことなので、その先にもうひとつ目的があるとそれに見合った方法で、その過程で「楽しむ」というものが位置付けられるような気がします。

めちゃくちゃ長文になってしまいましたが。ちょっとまとめきれないですね。楽しいの先の何か、それがあるのとないのとでは方法が違ってくると思うので、体験型講座をワークショップという手法でやろうと思う方にはそのあたりも考えてもらえたらいいなと思います。

ホームページ開設・運用、リニューアルのご相談や、SNS・ブログの運用サポート、市民活動団体のIT活用提案・サポート、Webライティングを行っています。
また、県内各所にてパソコン操作講習会やSNS活用セミナーなどの講師もしています。

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