教えることと指導することは違う。パソコンインストラクターとして考えたことをまとめてみた

講師・インストラクター

パソコンインストラクターとして仕事をしている中でその仕事のほとんどを占めるのが「教える」という行為。パソコンインストラクターとして約20年、仕事をさせていただいていますが、日々この「教える」という意味を考え続けています。

年齢のせいもあるかもしれませんが、日々の中でこの「教える」が仕事として多くなりました。教えることが増えれば増えるほど経験が増え、教えることに慣れていきそうなものですが、相変わらず日々悩んでいるのが事実。

教えるというと「教育」という言葉が当てはまりそうですが、それ以外にも「指導」という言葉もありますね。

職場で上司から教育するのも仕事のうちだ、と言われることもあれば、指導するのも仕事だと言われる。

教育と指導、何が違っているのだろうかと考えても分からなかったので辞書で調べてみると、教育とは

教えて知能をつけること。人の心身両面にわたって、またある技能について、その才能を伸ばすために教えること。

とあります。また、指導とは

ある目的に向かって教え導くこと。

とありました。

パソコンインストラクターの場合は、たぶん教育のほうになりますね。職場でスタッフを教えるほうは指導になるのかな、と。

スポンサーリンク

答えを教えるか、考え方を教えるか

他のパソコンインストラクターの様子を見ていると、答えを教える人のほうが多いような気がしますが、わたしは考え方を教えるほうを重視しています。

たとえば、教室でWordで写真を挿入する方法を教えるとき。

今から写真を貼り付けますと操作の内容をまずは伝える。これはパソコンインストラクターなら誰でもが行うことです。

その後、あなたならどうするでしょうか。わたしはまずWordの画面を見てもらい、「写真を貼り付けることを挿入と言いますが、この中で『挿入』という言葉が見えるところがあります。どこでしょうか」と話し出します。

この辺りと場所を伝えることは簡単ですが、まずは探してもらうこと、写真を貼り付けることをWordでは挿入ということを印象付けるところから始めます。

挿入という言葉が見つかったらクリックしてもらいます。すると、Wordで挿入できるものがたくさん表示されます。

「では、このたくさんあるボタンの中で写真を呼び出せそうなボタンはどこにあるでしょうか」と聞きます。Wordには「写真」というボタンはありません。答えは「画像」もしくは「図」です。

写真を貼り付けたいのだから写真というボタンがありそうなものを見つからないというのを実感してもらったうえで、「実は、私たちは写真と呼んでいますが、パソコンでは『画像』とか『図』というふうに呼ばれています。それなら見つかりますか?」と。

わたしの教室には、受講生は自前のパソコンを持ち込まれていますので、それぞれのパソコンにインストールされているWordのバージョンが異なります。

となれば、隣の人は「画像」という言葉が見つかるのに自分のパソコンでは見つからないということが起こります。

ここで、自分と隣の人のパソコンには違うバージョンのWordがインストールされていることを知ります。それは、バージョンによって言葉が変わったり、ボタンの位置が変わったりすることを合わせて伝えられる機会になります。

無事、「画像」もしくは「図」というボタンが見つかったらクリックしてもらいます。すると写真が保存されているフォルダが開いてきます。が、ここでもWindowsのバージョンによって違うフォルダーが開いてくることがあります。

ここでも「学び」です。Windowsのバージョンによって開いてくるフォルダーが違うことがあることを伝える機会です。

あとは使いたい写真をフォルダーが見つけ出し、挿入ボタンをクリックすればWordの用紙の中に写真が貼り付きます。

例として挙げたのが正しいと言っているわけではなく、パソコンインストラクターに言われたとおりに操作していてもその場でできただけになってしまうのがもったいないので、探したり考えたり気付いたりすることを重視してお話しさせていただいているだけです。

わたしの目的は写真の挿入ができるようになってもらいたい、です。そのための道筋を探したり考えたり気付いたりすることで「体感」してもらうことで記憶に残そう、と思っているのです。

ああやってこうやって、と手順を「説明」するのは簡単です。むしろ、それがパソコンインストラクターの仕事だとするところもあるかと思います。

ですが、手順を説明するのではなく考えてもらいたい、考える力を養ってもらいたい。人に尋ねるにしても自分で考えた結果、分からないからと尋ねるほうが脳のより奥に知識や経験が蓄積するような気がするのです。

今の時代、ネットで検索すればある程度のことは書かれています。でも、それは誰かの知識や経験を借りているのであって、自分の知識や経験として蓄積されているわけではない、そう思うのです。

自分であれこれ手を尽くしても解決できない、分からないということがあってネットで検索して答えを見つけたほうが脳のずっと奥のほうに蓄積されるような、知識や経験となっていくようなそんな気がするのです。

教えても覚えてくれない

時々、「教えても覚えてくれない」という人がいますが、もしかしたらそれは「手順を説明している」ことが「教える」だと思っているのではないかな、と。

教える側からすれば「教えても覚えてくれない」と言われる人がいれば教える自分の力が足りないと思われるのではないかと考えてしまうのではないでしょうか。

パソコンインストラクターの中でもいくら教えても覚えてくれない生徒がいるという話をする人がいます。そういう発言をしても、わたしはその人自身を「教えるのが下手だ」とは思いません。

インストラクターとして大勢の前で話をすることもあれば、ひとりの人に対して話をすることもあります。その状況によって教えるのが難しいこともよくあるので、一概には下手だとは言えないと思っています。

ただ、教えられる側の立場に立って状況を見てほしいとは伝えます。

技術はもちろん、知識も経験も教える側のほうがより多く持っているわけですから、状況を広く見ることが出来るはずです。端的に言ってしまえば余裕があるのはこちら側。

きっと何か解決策があるはず。覚えられないといっても全体的なことなのか一部だけなのか、よく相手を見てほしいと伝えます。

覚えてくれないのは覚える側の力が足りないと思ってしまった過去がある

以前、再就職支援のパソコン講座を担当したことがありました。20名の受講者は最終的にパソコン関係の検定をいくつか受検してもらうことになっていました。

ところが、ふたを開けてみれば退職前の職場でパソコンをガンガン使っていた人から、この講座で初めてパソコンに触れるという人。スキルも知識もバラバラの受講者たち。

「こんな簡単なこと習わなくてもいい」と明らかに態度に出してくる人や「もうできない、分からない」と涙を流す人もいました。

覚えられないのは教える側の力が足りない。そう思われたくなかった過去

そんな中で指定されたカリキュラムをこなさなければならない。淡々とカリキュラムをこなせばいい、と言われていました。

しかし、わたしはこう思ってしまったのです。受講者たちが就職先で「パソコン習ってきたのにそんなこともできないの」と言われたりしないかと。

これって今思えば、教えた自分の評価が気になっていたんですよね。受講者のことなど考えてもいなかった。受講者の顔色を見て振り回されている、そう気づいたのです。

教えても教えても理解できない、と泣く人を見て、わたしは一生懸命教えているのに覚えられないのは受講者のせいではないかと思っている自分に気付いたのです。

こんな自分が偉そうに人にものを教えることなどしてはいけないと思い、仕事を断ろうかと思っている矢先、また別のところから講師として働いてくれないかという誘いがありました。

受講者のことを考えることが出来ない自分が教える場に行くなんてしてはいけない、そんなふうに考えてお断りしようとしたのですが、大変お世話になった人からの依頼だったので断り切れず、迷いや悩みが吹っ切れない、解決しない状態でその場に立つことになってしまいました。

与えるだけじゃない。考える機会を作ることも大事だと気づいた

そこは小学校でした。小学校の先生が授業でITを使えるように支援する仕事でした。何人かの先生がいらっしゃったのですが、その中にとても熱心な先生がいらっしゃったのです。

ITを使うことでより深く子どもたちに興味関心を持ってもらえるようにと一生懸命その方法を模索している先生でした。その熱心さに打たれ、持ちうる技術や知識、経験をどんどん提供している自分がいました。

先生と協力して作成したコンテンツを使って行った授業にサポートとして入らせていただきました。そのとき、目の前には先生が考え出したコンテンツに目をキラキラさせている子どもたちがいました。

教科書はもちろん、副教材も合わせながら、先生は子どもたちにずっと問いかけていました。答えはあるのですが、答えを言うことはありませんでした。一見、的外れに思えるような発言にもきちんと対応しつつ、子どもたちにずっと「考える」時間を与えていたのです。

子どもたちは身を乗り出すように、先生が作成したコンテンツや教科書、副教材を合わせて必死に考えていました。いろんな仮説を立て、意見を言い合っていました。

その様子を見ていたわたしはいつの間にか子どもたちと一緒にああでもないこうでもないと言い合っていました。楽しかった、勉強しているというより考えていることが楽しかった。

そうだ、わたしはこんなふうに目をキラキラさせていたいんだ。

パソコンに初めて触れたときに感じたワクワク感。分からないことが出てくるとどうしても解決したくなった気持ち。解決できた時の達成感。

パソコンインストラクターになろうと思った理由を思い出す

思い出したんです。自分が楽しかったからみんなにも楽しんでもらいたい。新しいことができることの喜びもそうだけど、新しいことを知る楽しさも、分からなくてイライラする気持ちも、それでも諦めないでやる楽しさ・苦しさも知ってほしいと思ったから、インストラクターになろうと思ったんだ。

パソコンを操作するということではなく、新しいことを知る、どうすれば自分が思うように操作できるようになるかを考える、その楽しさ、達成感を伝えたい。

そのためには与えるのではなく、考えるための機会を作ること、考えるための基礎を固めること、それがわたしの「教えたい」ことだと。

考える力を付けるために教え方を変えた

それまでのわたしは、受講者の前でテキストに書かれていることを淡々と、手順を説明しているだけでした。それで教えたつもりになっていたのです。

そこで、小学校の先生を真似てみることにしました。手順を説明するのではなく、テキストを追いかけるのを止めました。1枚の完成文書をコピーして渡し、「これを作ってみてください」と。

最初は驚いた表情でしたが、それぞれ自分のやり方で同じものを作ろうと作業を始めました。自発的にテキストを開く受講者もいました。隣の人に聞く受講者もいました。

どんな方法を使ってもいい、時間内に同じものを作ればいい。実際、職場はこんな感じですものね。

実はこの完成文書、Wordで作成したほうが手順は少なくて済みます。ですが、Excelのほうが得意な受講者はExcelで作成していました。それでもいい、印刷してしまえば一緒です。

時間のあと、答え合わせというより、わたしならこう操作する、「例」としてプロジェクタを使って操作画面を見せながら、この操作についてはテキストの何ページに書かれていると伝えました。

すると、受講者はペンをもち、配布した完成文書にページ数を書き加えたり、手順を分かりやすくメモしたりし始めました。

Excelで作成した受講者から「なぜWordで作成するのか」という、良い質問が出てきました。今まで授業中に質問が出たことがなかったので、大変驚いたことを覚えています。

なぜだと思う?と発問すると、受講者が挙手までして発言してくれたのです。「その意見に賛成だと思う人は?」と聞くと手を挙げる人もいれば挙げない人もいる。挙げない人は違う意見なのか、理由が分からないのか。

手を挙げなかった受講者に意見を求めると、違う意見をいう人もいれば分からないと答える人もいました。

特に分からないと答える人にはこう話しました。「分からないと言ってくれないと教える仕事がなくなっちゃうから。ありがとう」と。受講会場に笑いが初めて起こりました。

この意見交換は受講者の「覚える」という姿勢を「考える」姿勢に変えてくれました。

「わたしはこうやって作ったけど他にも方法あるんですか?」と休憩中に質問しにくる受講者まで登場しました。

分からなければ一緒に調べる。完全ではないことを知られることに対する恐怖が無くなった

もちろん聞かれても分からないことがあります。分からないことは一緒に調べたり操作してみたりして方法を模索しました。すると、「先生でも調べるんですね」と言われたことがありました。

「ありますよー、全部覚えてるわけないですよ。パソコンって操作がひとつじゃないでしょ。わたしの知らないところでもっと効率よくできる方法があるかもしれないから。家でも職場でもああでもないこうでもないってやってますよ。ただ、基本的なことは分かってる。基本的なことがしっかりできていれば応用はきかせられます。ここで習うことは基本中の基本。これをしっかりできるようにすればきっと大丈夫ですよ」

あれだけ「できない」と泣いていた受講者、パソコン関係の検定すべて合格されました。卒業式の日、また号泣しながら「先生にあのとき、励ましてもらえたから頑張れました」と言われたときはさすがにもらい泣きしてしまいました。

それを見ていた他の受講者から「鬼の霍乱!!」と言われたのもよく覚えています。鬼とは失礼な!というと「先生、厳しかったで~」と。

わたしにとって「教える」とは「考える機会を与えること」

結局、あれだけ悩んで迷った再就職支援の講座を5年間続けることになろうとはその場では思いもしなかったです。ピンチヒッターのつもりが5年間居座ることになろうとは…。

その再就職支援の講座を請けて、わたしの「教え方」は変わりました。これはどこでどんな講座を請けようと変わりません。手段ではなく考える、自分の中の知識や経験を組み合わせて解決、達成に向かうこと、そのために必要な「考え方」を教える、それがわたしの「教える」仕事になりました。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
最新情報をお届けします。

ホームページ開設・運用、リニューアルのご相談や、SNS・ブログの運用サポート、市民活動団体のIT活用提案・サポート、Webライティングを行っています。
また、県内各所にてパソコン操作講習会やSNS活用セミナーなどの講師もしています。

wseedkをフォローする
講師・インストラクター
スポンサーリンク
wseedkをフォローする
だぶるしーど