地域の発信力を上げようとよく聞きますが…。

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地域を活性しようという流れの中でよく言われるのが「情報発信力を向上させよう」というのがありますが、それはメディアをいくつも立ち上げることが発信力を上げること、なのでしょうか。いくつも立ち上がったメディアに掲載されている情報が同じだったとしたら、切り口が同じものであったとしたら、予算をかけてまでやることなのかなと思うことがよくあります。

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地方の情報発信力は足りないのか

地方で特に言われるのが「発信する力が足りない」。わたしも数年前まではそう思っていました。なぜそう思ったのかというのを自分の行動で振り返って考えてみました。

自分の行動を振り返ってみると、知りたい情報をどうやって知ろうとするかといえばネット検索。知りたいことを表すキーワードを検索エンジンの検索窓に入力して検索ボタンをポチッと。検索結果をひとつ目から見ていくわけですが、一発目でそれが見つかることは少なく、ブラウザの戻るボタンで検索結果に戻り、2つめ、3つめと行き来しながら情報を探します。

それでも見つからないことがよくあったのです。こういう仕事をしているから検索というものには慣れていると自負していますが、そんな自分でも見つけることができない情報があるのです。特に地域に根差した情報ならなおのことです。

ネットで情報が見つからなかったら、その先自分はどうするか、地域のフリーペーパーを手に取ってみたり、図書館へ行って調べたりもするかもしれない。それでも見つけることができなかったら、調べたいことを知っていそうな人に聞いてみる。

と書いてはみたものの、そこまで行動してでも調べたい知りたいと思うことがあるかといえばそれほどなくて。たいがいネットで検索して見つからなかったら諦めることのほうが多いかもしれない。

向こうから勝手にやってくる情報

ネット検索や書籍などを調べたり人に聞いたりすることなく、情報が向こうからやってくることもありますよね。SNSとかそういうもの。向こうからやってくる情報というのは必要か必要じゃないかという判断をすることなく流れてきて、あっという間に通り過ぎていきます。テレビやラジオ、ニュースサイトなんかもそうかな。

アンテナを張り巡らせておくのは簡単じゃない

あっという間に通り過ぎる情報の中にも自分のアンテナが反応することだってあります。あ、これ知りたかったんだと、自分が行動を起こしていないにも関わらず、飛び込んでくることがあります。

ただ、このアンテナ、人によって違うかもしれませんが、わたしの場合、そのアンテナの感度が不安定なときもあって。常にアンテナをフルに立てておくというのは神経が疲れるというか、ずっと欲しがっていないといけないような感覚になってしまいそうで。

情報過多の時代。見つけてもらうというのは難しくなった

昔に比べて情報を伝播する手段は増えましたし、家にいながら、それこそ手元でそんなに労力をかけることなく「コト」や「モノ」、「ヒト」を知ることができるようになりました。

それだけの情報が世の中を駆け巡っていると考えると、その中から自分に合った、自分にとって有益な情報を得ることというのは難しいことなのかもしれないと思うようにもなりました。そんななかで「見つけてもらうには」ということがそもそも大変なことなのではないかとも思うようになりました。

いろんな視点を持たないと「きっかけ」にすらならない?

ひとつの事柄を見るときに同じ面を見ている人ばかりではないし、斜めから見る人、その背後を見る人だっている。同じことを調べようとしていても同じキーワードで必ず調べてくれるとは限らない。

地域を調べようとすれば、確かにその地名を検索すると考える人のほうが多いかもしれないけれど、そもそもその地名を知っていなければ検索窓に入力してもらうことさえないのではないんじゃないかと思うのです。

旅行に行こうと思ったら「どこに行く」という検索が多いのかもしれないけれど、「ゆっくりしたい」とか「体験したい」とか、旅行に行きたいという目的が必ずしも「どこ」であるとは限らないのではないかと思うのです。

たまの休みにどこかに行きたいなと思うけれど、その「どこか」が具体的に脳内に上がってこない。どこかに行くという目的そのものが「ストレス発散」だったり、「散歩」だったり、「非日常」だったりという漠然としたものだったりすると、どうやって検索すればいいのか分からなかったりする。

元来、出不精なうえに遊び下手であるわたしにとって、「どこ」というのを調べる技術はあっても、その「どこ」が脳内に浮かび上がってからじゃないとその技術を使うことができないわけです。

脳内に浮かび上がってこないから「日帰り ゆっくり」とか「日帰り ストレス発散」とか検索窓に入力してみたりもする。

まあ、もっと計画的におでかけすればいいんだけなんですが。気分屋なのでその日になってみないとどこかに行ってみようかなと思うかどうかが分からない。仕事なら計画的に段取りすることはそれほど苦じゃないのに、プライベートになると途端にこうなってしまうという自分の性格に一番の課題があるのですが。

こういうときにいつも思うのです。情報を得る側である自分の受信する力であったり、分かるまで調べたいという欲求であったりも、発信する力と同じように必要になるのではないかと。

発信力を上げようとするならば、自分自身や周りの人がどうやって情報を受け取っているのか、というところも知る必要がある。ひとつの事柄にたどり着かせようとするだけじゃなくて、その事柄にたどり着いてもらうための入り口を拡げるというのでしょうか。視点を増やしていくというのも必要な力なんじゃないかと。

情報は情報どうしでつながるのではなく、仲介する人でつながる

情報というのは一方向であった時代が終わり、双方向の時代だと言われますが、それにもうひとつ、横糸のようなもの、繋がり・拡がりというものが必要なのではないかと。

わたしの情報を得ようと行動する動機のひとつに「この人が言っているなら知ってみたい」というものが確実にあるのですが、情報を発信する人と受信する人との間に仲介する人がいるといった感じかな…。漠然としていてうまく文字になりませんが。こういうのをなんていうのかな、と調べてみるとキュレーションが自分の思うイメージに近いような気もしますが…。

キュレーション(きゅれーしょん)とは - コトバンク
知恵蔵 - キュレーションの用語解説 - IT用語としては、インターネット上の情報を収集しまとめること。または収集した情報を分類し、つなぎ合わせて新しい価値を持たせて共有することを言う。キュレーションを行う人はキュレーターと呼ばれる。キュレーターの語源は、博物館や図書...

ただ闇雲になんでもかんでもシェアすればいいというのではなくて、ちゃんと情報を確認してというのが大前提にありますが、その人の考え方や価値観を好きであったり尊敬であったりしていると、目の前に同じタイミングで情報がやってきたとしてもその先の行動というか受け取り方に少なからず影響があるのかなと。

地域の情報を発信したいなら、まずはリアルな横のつながりを持つことが大事で、昔ほど労力を必要とせずに手元で情報を発信することができる時代になったからこそ、より自分の目で見て耳で聞いて体感したこと、その情報に温度が生まれ、周りの人のアンテナにキャッチされ、キャッチしてくれた人の温度も足された情報が、波紋を描くように拡がっていくというのが理想のような気がします。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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